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Sさん通信
をやめます。
辛いことや厳しいこと、情けなくなることがたくさんあって、それを共感してもらったらと始めたが、
よく考えなくても、迷惑なことに違いない。
あからさまな表現の中に、閉口した人もいたはずだ。
幸い、自分の今の状況をSさんは自然なことと笑っている。
何事も笑いにしてしまうSさんは、元気でいる。
曲がりなり、、、にも一人で歩けている。
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7月9日(木)夕方のこと
いつものように、夕食の前にトイレに連れていく。
これはわたしの当番。
車椅子で前につける。
わたしの歩数では2歩。
頭を上げてといつものように繰り返した。
そしたら、これが自然だと言う。
だから、こうなったのでしょうと言いそうになり、私は腹が立った。
これで良いと言うのなら、それでいいですよと。
でも、お母さんの為にはなりませんよ、とだけ言うと、「はいはい」と言う。
この言い方に更に腹が立った。
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しかたない
歩けないのなら、僅な行き帰りを車椅子にした。
ベッドとトイレの間だ。
頭が下がり過ぎている、上がらない、足が出ない。
今まで、出勤前にトイレに歩いて連れて行くことが出来たのは、なんとか足が動いたからだ。
今は足が出ない、幾度も後ろに倒れそうになる。
頭が胃腸より下にあるからもどすことすらある。
ふらつくとSさんは身体を預けてくる。
もう、自らバランスを取ろうという意志は無い。そうとも感じてしまう。
今まで、この先に起きることを考えてSさんが悲観したことはない。
足がこうまで動かなくなれば、いずれ思考・感情・記憶に影響も出てくる筈だ。
それがいつからなのか分からない。
今まで何を思い、何を支えにして来たのかとか、子供や孫に対する今の思いとか、肝心なことを今こそ聞かないでいいのかなと思う。
いや、それは酷というものかもしれない。
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朝夕
ベッドからトイレまで歩いてもらっていたが。
歩けなくなっている。
Sさんが笑っていることが救いではあるが、M子さんにとってこれは負担になってくる。
私たちの日常生活は結構ギリギリの時間配分でこなしている感がある。
ひとつ一つの動作がゆっくりになれば、出掛ける時間や仕事始めの時間に間に合わなかったりする。
朝の忙しい最中や逆に夕方ののんびりしていた時間に早く済ませてしまいたい私のふとした思いが
Sさんの足の運びを助けてしまう。
これが、Sさんの習慣になり益々歩が進まなくなってしまってはいけない。
今朝は歩いてもらうつもりだった。
ところが、途中でSさんが言った、出そうですと、二回。
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Kさん(私のこと)は自分の親には
私にするようなきついことは、しないはずと、Sさんが言ったと、リビングにM子さんが駆け込んできだ。
反論して、とM子さんが言う。
言い返しても良いけれど、もし同じ事が実の母に起きたのなら、もっときついことを言いますよとも、言いそうだった。
それを言って何になると思ったから行かないでいた。
他に言ってしまうとしたら、私の母は逃げない。
真っ正面から自分の身体に立ち向かう人だから、私が叱咤激励する必要などはない人だ、と。
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自分の妹の名前
をM子さんに呼びかけたらしい。
Aっちゃんかと。
なんのことか解らなかったM子さんは聞き直したが、またAっちゃんと言う。
私の事、と更に聞き直したら、また、Aっちゃんだろと言ったらしい。
飾っていた写真を指差し、これ誰、と質問してようやく私の名前を言ってくれたとM子さんは言う。
近い人から忘れていくと言うから順番は守った。
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足が出ない
前よりずっと出なくなっている。
頭が下がり過ぎているからだ。
少し歩くと、足が痛いと言う。
頭がはっきりさえしていれば介護はなんとかなると私は前に思っていた。
だが、考えれば、今でさえ節々が痛いM子さんは耐えられない、無理だ。
歩くことが出来なくなったら、寝たきり、もう介護は出来ない。
それは、もしかしたら、近いかもしれない。